まちづくり・社会教育活動の実践あれこれ

日々への感謝とアウトプット

読了「居場所がない人たち」荒川和久

どんな本

2040年、独身5割。だれも見たことのない、社会がやってくる。その時私たちに必要な家族・職場・地域に頼らない生き方とは?所属しなくてもいい。つながりがすべてだ。独身研究の第一人者があらゆるデータを深掘り解説。

 

感想

血縁等の「所属するコミュニティ」から価値観により「接続するコミュニティ」へ。「個人のアイデンティティ」や「ブレない自分」なんかに固執せず、行動で人とつながろう(新結合)、新しい自分と出会い仕合わせ(幸せ)よう。未来に悲観せず希望を描く著者の心意気に最大の敬意。

 

表紙

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要約・メモ

(序章・ソロパンデミック到来)

  • 政府は少子化対策と称して子育て支援の充実、だが少子化対策にはならない。
  • 出生数を増やすことは物理的に無理。
  • 一人の母親が生む子どもの数の比率は1980年代とほぼ変わっていない。
  • 出生数が減るのは、子を生む対象である49歳以下の女性の絶対人口が減っているから。
  • 原因は1990年代後半に来るはずだった消えた第三次ベビーブームによる。
  • 未婚化、少母化、高齢者の多死化という3つの要素によってソロ社会は現実へ。
  • ドイツ社会学者・ウルリッヒベック「家族は資本主義社会で心のよりどころだった。しかし、個人化によって家族はリスクの場に変わりつつある」。
  • 地域・職場・家族という固体的集団共同体で生きるソリッド社会では、相応に制限や我慢が必要で、不自由も多い。しかしそうした不自由を補ってあまりある安心・安全・安定が提供されていた。
  • リキッド社会においては、人々は自由に動き回れる反面、常に選択や判断をし続けなければいけない自己責任を負わされる。
  • これは、所属するコミュニティの崩壊であり、現代において各個人に突きつけられた問題。本書の問いもそこにある。
  • チェコ経済学者・ヨーゼフシュンペーター、所属するコミュニティが崩壊する過程の中で、個人主義化が進み、婚姻制度や過程の価値観も崩壊と予言。社会のアトム化と呼んだ。
  • イノベーションという言葉、スクラップ&ビルドのような印象があるが違う。資本主義経済において、土地、労働、資本という生産要素の組み合わせで財やサービスを生み出す。この組み合わせのあり方を変化させることが新結合というイノベーションである。
  • この新結合という考え方、これからの一人一人の生き方や個人化する社会における人とのつながりという面において流用可能な考え方。

 

(第一章・ファクトを知る)

  • 数字は嘘をつかないが、嘘つきは数字を使う。嘘ではないまでも人をたぶらかすために都合のいい数字だけを切り取って使う人間がいる。
  • 少子化問題ではなく、少母化問題。最も深刻なのは母親の数の減少で、1985年から2020年で6割もの減。
  • 人口減少は少子化のせいなのか?そうではなく高齢者の多死化によって起きる。
  • 日本だけではない、世界も人口減少する。
  • 未婚化は若者が草食化したからではない。40年前も20年前の若者も同じ。
  • 晩婚化など起きてはいない。35歳以上で見るとほぼ変化なし。初婚達成率はほぼ一致。
  • 若者が若者のうちに結婚できなくなったから、だと解釈するのが妥当。
  • 金がないからこそ結婚した方がいいというが。婚活女性は年収400〜500万円以上の条件。しかし該当男性はほぼいない。
  • 結婚には限界年齢というものがある。
  • このままだと日本の家族は消滅するのか?
  • 今後大切になるのは、血縁や共住などの既成の枠組みだけに縛られず、群れや集団だけではない別の安心の形を作り上げること。

 

(第二章・独身は不幸説を検証する)

  • 独身は不幸なのか?未婚者と既婚者とでの幸福度の違いを継続調査。未婚者より既婚者、男性より女性の方が幸福度高い。最も不幸なのは、40~50代の未婚男性。
  • 結婚すれば幸せになれるのか?「結婚したら幸せになれる」と思っている人は、結婚もできないし、幸せにもなれない。欠乏の心理に支配され、不幸思考に陥る人は、現在の自分の足るを知ることが先。結婚しようがしまいが、自分の人生を幸せに生きていく上で大切なこと。
  • 「足りない病」の人間に足りないものは何か?足りないを思うのではなく、何を足せばいいかを考えることが大事。
  • おっさんは叩いていいのか?子ども部屋おじさん。中世欧州の魔女狩りそのもの。
  • しあわせとはなんなのか?しあわせを幸せとは表現しない。幸という字は元々、手かせ・手錠の意味。
  • 夏目漱石「人間は自由を得ると不自由を感じる」。少しくらい不自由さのある中にこそ本当の幸せがある。
  • しあわせとは、「人との接点・つながり」。つながった人と何をするのかが問われている。状態にしあわせはない。行動してしあわせを生み出すということ。
  • ウェルビーイングではなくウェルドゥーイング。
  • コーチングの世界「be-do-have理論」。状態、行動、所有または結果。have-do-beは高度経済成長期、大量消費時代の三種の神器。do-have-beは努力し、結果を上げ、希望の学校に合格すればしあわせになれるというもの。be-do-haveは、まず先になりたい自分を思い描きbe、それに向かって今できることを行動しdo、その結果としていつしか望む成果が手に入るhaveというもの。

 

(第三章・孤独は悪といいたがる人たち)

  • 孤独は悪なのか?孤独の定義としてよく引用されるのが、ドイツ哲学者ハンナアーレントによるもの。人間が一人である状態について、①ソリチュード、②アイソレーション、③ロンリネスに分類。どれも孤独の訳だが意味はすべて違う。①は状態として一人、もう一人の自分がいて自分と対話できる状態。一人のうちで二人、自分とつながる。②は社会的な人や物とのつながりが断絶されているが、プライベートな部分での物とのつながりは維持されている状態。仕事や趣味に没頭している時に周りの世界や自分の中の思考もなくなってしまう状態。③自分が世界から隔絶され、拒否されていると感じる、自分自身とも向き合えない状態。見捨てられた状態。
  • 友だちがいないことはそんなに問題なのか?友達がいることの価値は否定しないが、友達がいないからといってその人間の価値や幸福感が決定されるものではない。友達でなくても人との交流はできる。
  • 友達がいなくなったと嘆く中高年男性の本当の問題とは?
  • 友達がいれば安心なのか?「つながり孤独」という問題。一人でいる時に孤独の苦痛を感じるのではなく、大勢の中や友達同士と過ごしていても孤独を感じてしまうという人のこと。
  • 孤独であることと孤独に苦しむことは別。
  • 孤独に苦しむとは、結局はおカネの問題。
  • 孤独とはなんなのか?人と人との間には必ず孤独が生まれる。
  • 孤独が苦しいと感じる人は、孤独を抜本的に消し去るなんて無茶なことは考えずに、孤独との向き合い方や付き合い方を変えるという視点を持ってほしい。
  • 孤独はとは空気。我々の周りに必ずあるもの。この空気が嫌いだからといって、息をずっと止めていたら死んでしまう。孤独に苦しむ人は息を止めようとする。孤独などで人は死なない。むしろ、孤独があるから生きていけるのだ。

 

(第四章・所属から接続へ 居場所から出場所へ)

  • 意志で選択などしてはいない。シェイクスピア「人生は選択の連続である」。子どもは親のことをよく見ている。子どもにとって親は環境そのものであり、世界そのものである。
  • 遺伝ですべてが決まる?時間と場所と人を言い換えると、「時間・空間・人間」。この3つの「間」が環境そのもの。その間をいかに感じられるか、スイッチとしてとらえられるかが重要。特に重要なのは人間という環境。
  • 人とのつながりとは?「一人で生きること」と「人とつながること」は別物ではない。その逆もしかり。
  • 「人のつながり」は元来、人間が生きていくための必要な行動様式であり、だからこそ人間は協力できるし、社会的な動物足り得るわけである。個々の生存のために動くことそれ自体を利己的などと非難されてはたまらない。
  • 家族のつながりが生む悲劇もある。人のつながりは、同時にしがらみという不自由を伴うもの。家族のつながりも同様。家族がいることは安心でもあり、幸福度を高める要素であることは間違いない。
  • 家族なんだから助け合うのが当たり前、というのもひとつの呪縛。
  • 場所としての家が家族なのではなく、血のつながりが家族なのでもなく、いつも一緒に同じメンバーで同じ場所にいることだけに依存するのではなく、必要に応じて、集まったり助けあったりする関係性、何かをするために考え方や価値観を同じくする者同士が巡り合えるネットワークも家族のカタチなのだという視点も必要ではないか。そんな「接続する家族」という新たなコミュニティの視点が今後は必要。
  • 今まで安心だったコミュニティの崩壊。所属するコミュニティ、地域、職場、家族。かつてのムラ社会、消滅に向かっている。
  • 接続するコミュニティとは?社会学ジグムント・バウマン、かつての安定した社会をソリッド社会とよび、現代社会をリキッド社会と表現。
  • 所属するコミュニティが居場所としての安心ならが、接続するコミュニティは出場所としての刺激。
  • 出場所があると、まずその場所まで出ていくという行動が必要になる。そこに明確な目的があれば直良いが、なかったとしてもそこに行くという行動を先にすることで、人間は前向きになっている。
  • どこかのコミュニティに所属することで、安心な居場所を求めることだけに固執するのではなく、接続点を多く持ち、自分自身の出場所を作っていく。その出場所において、誰かと出会ったり、何かと触れ合うことが、結果的に自分自身の内面に安心な別のコミュニティを次々と築いていくことにつながる。

 

(第五章・新しい自分を生む旅へ)

  • 自分の中の多様性とは?アイデンティティ=自分が自分であること、そうした自分が他者や社会から認められているという感覚のこと。そんなものはまったく必要ない、確固たるアイデンティティなんてむしろ害悪。
  • ブレない自分ということは適応力がないということ。自分が思う自分というものは、決して自分ではない。
  • 新結合という自己のイノベーションで何色にでもなれる。たった一度の経験でも、それを通じて自分の中に新しい自分が生まれる。
  • 人とつながることを恐れる人。人が生きるということは何かしらの傷が伴う。傷をつけられ、治癒させ、何回もそれを繰り返して強くなる。
  • 人とのつながりは、基本的には自分ではない相手と向き合うことでの違和感を生じる。傷つけられ、傷つけるというのは、それが人生において必要な行動なのである。生きている証でもある。
  • ネットの世界は実はつながっていない。ネットも重要な接続点の一つであるが、接続するコミュニティ=ネットではない。
  • リアルな世界ではたった2、3人の友達に共感してもらえただけでも嬉しいのに、ネットの世界では何千、何万人もの人に共感されているという感覚に浸れる。より極端に偏った行動が生まれていく。
  • 利他なんていらない。ことあるごとに利他が大切とか口に出す輩が大嫌い。利他的なことをやっているというプロセスだけが評価。利他全体主義ファシズムと言える。
  • 経済学におけるゲーム理論囚人のジレンマ」、自分の利益を最大化しようと思えば思うほど、相手や世間の利益を考えないと成り立たない「情けは人の為ならず」というのはそういうこと。
  • 聖徳太子「和を持って貴しとなす」、みんな話し合って協調してという意味、和ではなく環(輪)の意味でもある。
  • しあわせ資本主義へ。子どもにはせこい損得勘定など刷り込むな、という主張は論外。むしろ損得勘定を理解させ、物の売り買いにおける流通構造とそこにどれだけ多くの人が介在して成立しているかという「商いの基本」である循環構造を理解させるべき。
  • 利個という個人の仕合わせる行動をひとつの資本として、自分のしあわせ資本を増やすこと、行動することで生まれるたくさんの自分、しあわせ資本主義。
  • 視点と視座を変えれば世界は勝手に変わっている。残念ながら日本のソロ社会化は不可避。結婚が作られず、家族が消滅していく未来。
  • しかし、それは「絶望の未来」なのか。若者や子どもたちに刷り込んでいるだけではないか。
  • 所属するコミュニティから接続するコミュニティへ。前者を消そうとしているわけでは決してない。
  • 「それぞれの行動の接続こそが仕合わせ」そのためにリアルな接点もネットの世界も、活用できるものは活用し、決してそれだけに依存せず、たくさんの依存先と選択肢を多層化。
  • 出場所とは一人一人の行動。行動するとは「生きている」ことそのもの。そして一人一人の行動は必ず誰かと繋がっている。仕合わせている。
  • 昨日の自分は今日の自分とは違う。相手もそうだ。人間がたえず「新結合」しているのだから社会も新結合できる。
  • 一人で歩いているような道でも、決して誰もが独りではない。

 

(あとがき)

  • 民俗学者の折口伸夫、「マレビト」という概念提唱。自分たちの村落の構成員ではない、外部から稀に訪れる客人を神であると見立て、もてなす習俗。
  • 旅人の視点においては、村人や村の家々は、「接続するコミュニティ」であり、出場所であるが、村人の視点においても、強固な「所属するコミュニティ」の中にあってマレに訪れる「接続するコミュニティ」だったのではないか。だからこそ、それを神として崇め、祭りのような形で今に継承している。
  • 接続するコミュニティとは、所属するコミュニティよりはるか前より日本人の中に息づいている魂のようなものかもしれない。